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2023.06.22 (木)

「 「シラス」と「ウシハク」 」

『週刊新潮』 2023年6月22日号
日本ルネッサンス 第1053回

皇學館大学文学部教授、松浦光修氏の『神々の日本史』(経営科学出版)が深く心にしみた。本書は21年前の氏の初めての歴史評論集、『やまと心のシンフォニー』を書名を変えて再出版したものだ。

氏は書いている。皇學館に入学する学生たちでさえ、初代天皇(神武天皇)の名前を言えない、或いは今上陛下が何代目の天皇であるかを知らない学生たちが増えている、と。「日本に(つまり世界に)、たった二つしかない神道系の大学の入学生でも、このありさまである」と氏は嘆き、「今の日本人の心には、『天皇』や『日本』の存在そのものが消えかけている」「いわば『無日(むにち)』という、心の荒野」が広がっているとの指摘は極めて重い。

安倍晋三総理が亡くなって一年が経とうとしている。自民党がバラバラになっていきつつあるのを実感する。中心軸が消えてしまってこのままでは漂流しかねないというのは、外交・安全保障の分野においてよりも、国内問題において、より強く感ずることだ。一例がLGBT法である。2年前に浮上した時には自民党が止めた。今回再浮上した時、自民党は止められず、法制化した。

具体的に言えば、2年前は安倍氏が止めた。今回は岸田文雄首相が推進した。安倍氏はなぜ止めて、岸田氏はなぜ止めなかった、というより、なぜむしろ推進したのか。両氏の差は日本の国柄を奥深くまで知っているかどうか、日本の国柄を大切に思っているかどうかの違いから生まれるのではないか。

松浦氏の表現を借りれば「無日の心の荒野」の弊害に気付いているかいないかの違いではないか。

その最たるものとして、いま私たちは「天皇を知らない子供たち」「日本を知らない子供たち」の存在に直面し、日本の未来に不安を抱
かざるを得ない状況にあるのではないか。

聖徳太子が中華文明と訣別

日本という国はただ自然に成ってきたのではない。遠く古代においては聖徳太子が中華文明と訣別し、大和の道を歩もうと決意し、当時の隋王朝に日本は隋と対等の国であることを認めさせた。近代において黒船に象徴される欧米列強に開国を迫られた時、先人たちは当初、列強に学び彼らの制度、技術を取り入れることに集中した。追いつこうと懸命になっていた中、日本国のかたちを創るに当たって憲法をどのように起草すればよいのか、先人たちは大いに悩んだ。

明治憲法起草の中心人物、井上毅(こわし)は当初、君主専制に対して君権を制限するという、フランスに代表される西欧の思想を重視していた。当時、もう一方に日本古来の十七条憲法などを重視すべきだという意見があったが、井上はそのような日本古来の考えを近代国家となろうとする日本国の憲法に取り入れることはできない、そんなことをすれば「仏国のような大変革(国王家をギロチン台で処刑したフランス革命)が発生するやもしれない」と語っていた(伊藤哲夫『明治憲法の真実』)。

彼は自分がフランスや欧州全般の哲学や法を理解している点については人後に落ちないと自負していたが、日本国の深く長い歴史についての学びが大いに足りないことも自覚していた。そこで日本の歴史を改めて辿ったのだ。国造り神話、古事記、日本書紀は無論、でき得る限り、日本国の本質、国柄を学ぼうとした。

ある日彼は、助手を務めていた池辺義象から、「大国主神の国譲」の故事に「シラス」と「ウシハク」という言葉が出てくるという話を聞き、触発された。「それは非常に非常に貴いことだ」と語った井上は寝食を忘れてその違いについて学んだ。

やがて井上は「うしはく」と「しらす」の間には雲泥の差、水と火ほどの意味の違いがあることに気づいた。うしはぐ(うしはく)という言葉は江戸中期の国学者、本居宣長の解釈に従えば領有するという意味で、ヨーロッパ人の解釈では占領する、支那人の解釈では経済力のある者が支配するという意味だと理解した。

そしてこう結論した。

「正統の皇孫としてこの貴い日本国を照らし臨み給う偉業は、うしはぐではなく、しらすと言うのである」と。

しらすとは人の心を知り、それを鏡のように映し出して、それによって世を治めるという考えだ。井上は「しらす」こそ、日本の国柄、国体の真髄だと考えた。国家の視座を「しらす」に置かずして、日本国の憲法などあり得ないとの確信を抱き、明治20年2月頃までに起草した「憲法初案説明草稿」で、第一条を「日本帝国ハ万世一系ノ天皇ノ治(シラ)ス所ナリ」とした。

右案の「治ス」は後に「統治ス」に改められたが、日本の国柄を軸にした憲法はこうして成立した。

松浦氏は『天皇を仰ぐ・平成の御代から、新たな御代・令和へ』(光明思想社)でこう書いた。「私が、もしも誰かから、『日本とは何か?』と問われれば、私は、すぐにこう答えるでしょう。『天皇の国』と……」。

歴史上、最大の試練

天皇は外国の王や皇帝とは基本的な性格が全く異なる。外国の王や皇帝は権力をもって征服した人々、いわば覇王である。対して天皇はわが国の祈りの主体、祭祀王である。また天皇は日本書紀、古事記に記されている日本建国に携わった神々の子孫であり、今も先祖の神々を祭り続けている唯一の存在である。こういった歴史を持つ国は他にはないのである。

このように先人たちは日本の国柄を大切にし、それに基づいて日本国を築いた。しかし、大東亜戦争で敗北して以来日本の国柄は悉(ことごと)く否定された。外国の制度や考え方の導入に躍起になった。よいこともそうでないことも一緒くたにして取り入れてきた。

だが、欧米で行われていることにはよいこともあれば弊害の多いこともあるのは当然だ。前者は大いに取り入れ後者は排除するのが正しい。一緒くたは駄目なのである。世界に大いに学びながらも悪しきことは取り入れず、日本の国柄を大事にしなければ、日本は日本でなくなってしまう。

日本人としての賢い取捨選択を可能にするにはまず、日本の国柄をよく理解しておくことが大事だ。その上で世界で起きている現実を見る目を備えておくことが欠かせない。

安倍氏はその両方をきちんとおさえていた。敢えていえば、失礼ながら、岸田氏にはそれができていないのではないかと不安に思う。

松浦氏は現代の日本はわが国二千年の歴史上、最大の試練に直面していると説く。戦いに勝敗はつきものなのに、一度の敗北からいつまでも回復できず、その挙げ句、国家が自滅したということになれば、それこそが恥ずべきことだ、とも訴える。

同感である。日本の歴史を振りかえり、眼前の現実を見て、日本の国柄を守り続けることのできる政治をしてほしいと、岸田氏に注文するものである。

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「 「シラス」と「ウシハク」 」

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